ゲーム「大航海時代」や日々の出来事日記です。
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 こんにちは~(今日はネタバレがあります!ご注意です!!)
連続クエスト・・・今日も連続クエストです(;^ω^)

 最近個人的に続いています連続クエストでは、
インドの聖典「ヴェーダ」に始まり、「眠れる森の美女」の解明、
そして色とりどりの「花」の調査、と多種多様なクエストを行ってきました。
そして今回行いましたクエストも、また特徴あるクエストだったのでした。

 そのものずばり・・・「呪い」です。

012611 220532

 始まりは、こんな奇妙な依頼文からでした。
なんでもマルセイユの街ではここ最近、
不吉な出来事が頻繁に起こっているそうなのです。

 なんだか「不吉」という言葉に怪しさを感じずにはいられませんが、
それに輪をかけて異質さをかもしだしているのが、
その出来事の原因、「騎士の呪い」といううわさ話なのでした。

012611 220611

 なんでもその不吉な出来事とは、
火の気のない場所で勝手に木が燃えだす、というものだそうです。

 そしてもうひとつ確認しなければいけないこと。
騎士の呪いに関しては、「アヴィニョン」という言葉が関わっているようです。

012611 221057

 アビニョンとは、マルセイユの北にある街の名前です。
1309年にはローマ教皇のクレメンス5世によって、教皇庁が置かれています。
アヴィニョンには大学も開校し、特に法学に関してはその名を知られるほどでした。

 さて、そんなアヴィニョンの街が呪いとどう繋がるのか。
そこにはアヴィニョンに教皇庁を置き、
ローマ教皇にクレメンス5世を立てた、まさにその人物が関係しているのです。

012611 221428

 その人物の名前は、「フィリップ4世」。
フランスの王様で、その顔立ちから美男王と呼ばれた方です。

 ---彼にはある計画がありました。
それは、キリスト教の戦士による修道会、
「テンプル騎士団」と聖ヨハネ騎士団を合併し、
当時豊富な財源を持っていたテンプル騎士団のそれを没収した上で、
自らが唯一両者を統べる者となる、というものだったのです。

 その為にフィリップ4世は、「異端審問」(宗教に反した考えを持つ者を裁くシステム)
を悪用し、テンプル騎士団の人々を悪魔崇拝などの容疑で起訴したのです。
ちなみに異端審問を行う場合、必ず教皇庁の許可が必要になります。
しかし既に時の教皇は、フィリップ4世自身が立てたクレメンス5世だったのです。

012611 224058

 こうして逮捕された多くのテンプル騎士団員たちは、
あるはずのない罪を自白するまで、死に至るほどの拷問を受け続け、
仮にそれを耐えた団員でも、最後は火刑に処されてしまったのです。

012611 224138

 そんな騎士団の呪いは、現在のマルセイユの方々のみならず、
なんと教皇クレメンス5世やフィリップ4世自身の身に及んでいたといいます。

 その呪いをかけたとされる人物が、
テンプル騎士団団長の、「ジャック・ド・モレー」という方です。

012611 224407

 モレー団長が幽閉された場所は、シノン城という場所でした。
そこには多くのテンプル騎士団員が同じく幽閉され、
壁には彼らの遺言が刻まれていたそうです。

 1314年3月18日、セーヌ川のシテ島でモレー団長の火刑が行われました。
最後にモレー団長は祈りの為といい、ノートルダム大聖堂の方角へ向き直りました。

 「1年以内に神の法廷に出廷せよ」
団長は最後にそう言い放ったそうです。

 その後呪いに従うかのように、
1314年中にフィリップ4世もクレメンス5世も亡くなりました。
それから14年後には、987年から続いてきたカペー家の直系も途絶えてしまいます。

 ---マルセイユで起こっているのが木の発火事件。
テンプル騎士団の処刑方法は火刑。
本当に呪いは今も続いていて、街の人々を震え上がらせているのでしょうか・・・
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 始まりは、こんな奇妙な依頼文からでした。
なんでもマルセイユの街ではここ最近、
不吉な出来事が頻繁に起こっているそうなのです。

 なんだか「不吉」という言葉に怪しさを感じずにはいられませんが、
それに輪をかけて異質さをかもしだしているのが、
その出来事の原因、「騎士の呪い」といううわさ話なのでした。

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 なんでもその不吉な出来事とは、
火の気のない場所で勝手に木が燃えだす、というものだそうです。

 そしてもうひとつ確認しなければいけないこと。
騎士の呪いに関しては、「アヴィニョン」という言葉が関わっているようです。

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 アビニョンとは、マルセイユの北にある街の名前です。
1309年にはローマ教皇のクレメンス5世によって、教皇庁が置かれています。
アヴィニョンには大学も開校し、特に法学に関してはその名を知られるほどでした。

 さて、そんなアヴィニョンの街が呪いとどう繋がるのか。
そこにはアヴィニョンに教皇庁を置き、
ローマ教皇にクレメンス5世を立てた、まさにその人物が関係しているのです。

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 その人物の名前は、「フィリップ4世」。
フランスの王様で、その顔立ちから美男王と呼ばれた方です。

 ---彼にはある計画がありました。
それは、キリスト教の戦士による修道会、
「テンプル騎士団」と聖ヨハネ騎士団を合併し、
当時豊富な財源を持っていたテンプル騎士団のそれを没収した上で、
自らが唯一両者を統べる者となる、というものだったのです。

 その為にフィリップ4世は、「異端審問」(宗教に反した考えを持つ者を裁くシステム)
を悪用し、テンプル騎士団の人々を悪魔崇拝などの容疑で起訴したのです。
ちなみに異端審問を行う場合、必ず教皇庁の許可が必要になります。
しかし既に時の教皇は、フィリップ4世自身が立てたクレメンス5世だったのです。

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 こうして逮捕された多くのテンプル騎士団員たちは、
あるはずのない罪を自白するまで、死に至るほどの拷問を受け続け、
仮にそれを耐えた団員でも、最後は火刑に処されてしまったのです。

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 そんな騎士団の呪いは、現在のマルセイユの方々のみならず、
なんと教皇クレメンス5世やフィリップ4世自身の身に及んでいたといいます。

 その呪いをかけたとされる人物が、
テンプル騎士団団長の、「ジャック・ド・モレー」という方です。

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 モレー団長が幽閉された場所は、シノン城という場所でした。
そこには多くのテンプル騎士団員が同じく幽閉され、
壁には彼らの遺言が刻まれていたそうです。

 1314年3月18日、セーヌ川のシテ島でモレー団長の火刑が行われました。
最後にモレー団長は祈りの為といい、ノートルダム大聖堂の方角へ向き直りました。

 「1年以内に神の法廷に出廷せよ」
団長は最後にそう言い放ったそうです。

 その後呪いに従うかのように、
1314年中にフィリップ4世もクレメンス5世も亡くなりました。
それから14年後には、987年から続いてきたカペー家の直系も途絶えてしまいます。

 ---マルセイユで起こっているのが木の発火事件。
テンプル騎士団の処刑方法は火刑。
本当に呪いは今も続いていて、街の人々を震え上がらせているのでしょうか・・・
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【2011/01/26 23:46】 | 大航海時代
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