ゲーム「大航海時代」や日々の出来事日記です。
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 こんにちは~(今日はネタバレがあります!ご注意です!!)
昨日も少しだけ書いたのですが、デュミトロさんにお誘い頂きまして、
「三国志」の連続クエストを行ってきました。

 今まで、リラの香りで紡ぐ物語や遥かなるハワイキ探し。
シュレッテンワルダーさんのお話やクマへの旅路などなど、
多くの連続クエストを行ってきました。
どれもこれも印象に残るお話ばかりです。

 と同時に、今までとは違った視点で、
物語に関わった、街や人や発見物を見ることができるようになりました。
シュレッテンワルダーさんなんて、結構誤解している方が多いように思います(;^ω^)

102610 213951

 さて、以前発見した三国志演義に続き、その正史も発見したわたしたち。
今回も例に漏れず、写真に移っていらっしゃる娘さんにご教授願っての達成でした。

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 そんなわたしたちに、絵手紙の配送依頼が舞い込んできました。
杭州の女性と聞いて、心当たりが無いまま向かってみますと、

102610 215958

 その人物は、重慶の三国志大好きの娘さんの、お母さんだったようです。
しかし肝心の絵手紙の内容に、女性は困惑している様子。
送り主には心当たりがあるようですが・・・

102610 220726

 その絵手紙には三国志の武将、関羽が描いた絵が模写されていました。
意味を娘さんに伺うと、主君である劉備と離れ離れになった関羽が、
劉備への思いを詩にし、その文字を隠す為に竹を描いた物なのだそうです。

 ですが配送した絵手紙、模写と言いつつも、
どうやら実物の構図とは異なっているようなのです。

102610 221115

 ちなみに、関羽が描いた本物の「関帝詩竹」はこちらです。
よくよく見ますと、竹の葉が文字になっているのがわかります。

 ---絵手紙と実物の差、それは「葉の描き方」です。
すなわち、関羽が劉備へ思いを伝えたのと全く同じ手法で、
杭州の奥さんに旦那さんは、なんらかの「言葉」を伝えようとしたのです。

 そして先の奥さんの態度を見るに、その言葉は確実に伝わっていたようです。
が、困りこそすれ、とても喜んでいるようには見えませんでした。
あの絵手紙には、どんな意味が籠められていたのでしょうか・・・

102610 223150

 そんな親子のお話は、意外な形で明らかになっていきます。
始まりは、三国志に関わる「弩」という武器の調査でした。
ある学者と冒険家が、弩を携えてブルネイへやってきたそうなのです。

 しかしその弩は、以前に調査しました「諸葛弓弩」とは全く異なる物でした。
どうやら正体は、三国志に登場する弩だったようです。

102610 225145

 三国志の資料が残るのみで、弩そのものに関しては、設計図すら残っていません。
そんな古来の弩を復元できるだけの三国志の知識。

 かくして、再びあの女性と対面することとなります。
伺ってみますと、重慶の郊外に復元した際の設計図が保管されているとのこと。
向かうとそこには、弩の復元の際に記したと思われる手記が残されていました。

102610 230343

 ひたすらに三国志の弩の復元作業に明け暮れた夫婦。
旦那さんは、一家に不安定な生活を強いていると悔いる毎日。
奥さんのお腹には、重慶の三国志好きの娘さんが。

 とうとう旦那さんは義理の父から、
このままの生活が続くなら、奥さんとの勘当もやむを得ないと宣告を受けてしまいます。

 そんな時、奥さんがついに実現させた夢。
そんな誇りの妻を黄氏に例え、自らも黄氏の夫に、
「諸葛孔明」に恥じない行いを、家族に幸せを、と夢を諦める決意をします。

 そんな態度を見た奥さんは、わざと否定的な発言をして、
自らも三国志の世界から、身を引くことを選んだのです。

 しかしそんな時になって、義父から研究の継続を願う声が発せられます。
三国志から一時身を引いたはいいものの、生業の狩りは思わしくない。
思い悩んだ旦那さんの選んだ道は・・・

102610 230358

 三国志の研究を再開することでした。
しかし今後の研究は、弩の復元の頃のように困窮することはありません。
学者として、確かな名声を得たのです。

102610 230119

 しかし、諸葛亮の開発した「元戎」を復元したのは妻であり、
それを差し引いても今得ている名声は、義父の援助によるものです。

 自分の力ではなく、他人の力や成果を横取りし得た地位に、嫌悪を抱く旦那さん。
そうまでしても未だ三国志に人生を捧げる意味、それは妻と交わした約束。

 ---後漢、呉の孫堅により、焼け野原の古井戸から拾われた金の印。
中国皇帝に受け継がれる、「伝国の玉璽」の輝きだったのです。
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 さて、以前発見した三国志演義に続き、その正史も発見したわたしたち。
今回も例に漏れず、写真に移っていらっしゃる娘さんにご教授願っての達成でした。

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 そんなわたしたちに、絵手紙の配送依頼が舞い込んできました。
杭州の女性と聞いて、心当たりが無いまま向かってみますと、

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 その人物は、重慶の三国志大好きの娘さんの、お母さんだったようです。
しかし肝心の絵手紙の内容に、女性は困惑している様子。
送り主には心当たりがあるようですが・・・

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 その絵手紙には三国志の武将、関羽が描いた絵が模写されていました。
意味を娘さんに伺うと、主君である劉備と離れ離れになった関羽が、
劉備への思いを詩にし、その文字を隠す為に竹を描いた物なのだそうです。

 ですが配送した絵手紙、模写と言いつつも、
どうやら実物の構図とは異なっているようなのです。

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 ちなみに、関羽が描いた本物の「関帝詩竹」はこちらです。
よくよく見ますと、竹の葉が文字になっているのがわかります。

 ---絵手紙と実物の差、それは「葉の描き方」です。
すなわち、関羽が劉備へ思いを伝えたのと全く同じ手法で、
杭州の奥さんに旦那さんは、なんらかの「言葉」を伝えようとしたのです。

 そして先の奥さんの態度を見るに、その言葉は確実に伝わっていたようです。
が、困りこそすれ、とても喜んでいるようには見えませんでした。
あの絵手紙には、どんな意味が籠められていたのでしょうか・・・

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 そんな親子のお話は、意外な形で明らかになっていきます。
始まりは、三国志に関わる「弩」という武器の調査でした。
ある学者と冒険家が、弩を携えてブルネイへやってきたそうなのです。

 しかしその弩は、以前に調査しました「諸葛弓弩」とは全く異なる物でした。
どうやら正体は、三国志に登場する弩だったようです。

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 三国志の資料が残るのみで、弩そのものに関しては、設計図すら残っていません。
そんな古来の弩を復元できるだけの三国志の知識。

 かくして、再びあの女性と対面することとなります。
伺ってみますと、重慶の郊外に復元した際の設計図が保管されているとのこと。
向かうとそこには、弩の復元の際に記したと思われる手記が残されていました。

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 ひたすらに三国志の弩の復元作業に明け暮れた夫婦。
旦那さんは、一家に不安定な生活を強いていると悔いる毎日。
奥さんのお腹には、重慶の三国志好きの娘さんが。

 とうとう旦那さんは義理の父から、
このままの生活が続くなら、奥さんとの勘当もやむを得ないと宣告を受けてしまいます。

 そんな時、奥さんがついに実現させた夢。
そんな誇りの妻を黄氏に例え、自らも黄氏の夫に、
「諸葛孔明」に恥じない行いを、家族に幸せを、と夢を諦める決意をします。

 そんな態度を見た奥さんは、わざと否定的な発言をして、
自らも三国志の世界から、身を引くことを選んだのです。

 しかしそんな時になって、義父から研究の継続を願う声が発せられます。
三国志から一時身を引いたはいいものの、生業の狩りは思わしくない。
思い悩んだ旦那さんの選んだ道は・・・

102610 230358

 三国志の研究を再開することでした。
しかし今後の研究は、弩の復元の頃のように困窮することはありません。
学者として、確かな名声を得たのです。

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 しかし、諸葛亮の開発した「元戎」を復元したのは妻であり、
それを差し引いても今得ている名声は、義父の援助によるものです。

 自分の力ではなく、他人の力や成果を横取りし得た地位に、嫌悪を抱く旦那さん。
そうまでしても未だ三国志に人生を捧げる意味、それは妻と交わした約束。

 ---後漢、呉の孫堅により、焼け野原の古井戸から拾われた金の印。
中国皇帝に受け継がれる、「伝国の玉璽」の輝きだったのです。
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【2010/10/26 23:59】 | 大航海時代
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